「自分らしさ」とは、なんだろう?

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「自分らしさ」を占星術で考察する

このコラムでわかること

  • 「自分らしくしているはずなのに、なぜか苦しくなる」理由
  • 「自分らしさ」が、いつの間にかすり替わってしまうときに起きていること
  • 自分らしさには、**月(安心)と太陽(方向性)**という2つのレイヤーがあること
  • 無理のない自分らしさは、その2つが噛み合ったときに生まれること

*この記事の読み方

この記事では、個別の星座(サイン)についての詳しい解説は省いています。 読み進めながら、もし自分の「月」や「太陽」の性質が気になったら、ぜひ「月星座 〇〇座」「太陽星座 〇〇座」と検索して調べてみてください。

自分らしくしているのに、苦しくなるときがある 

先日、SNSを眺めていたときに、

あるインフルエンサーの動画が流れてきました。

「自分らしく生きようと言われて、自分らしくしてきたつもりなのに、

アンチコメントがたくさん来て、どうしたらいいのかわからない。」

そう話しながら、彼女は涙を流していました。

自分らしくしていても、うまくいかない。。。

そんな状況に、彼女は強い辛さを感じていたようです。

その話を見ていて、

「あ、これ、私も似たことがあったな」と思いました。

「自分らしくしているはずなのに、なぜか人間関係がぎくしゃくする」

そんな違和感を覚えたことが、私にも何度かありました。

その度に、「自分らしさがわからない!」ってなって

自分探しの迷宮に迷い込む。

そんな体験をいくつも経験しました。

でも、自分探しって、だいたい迷子になります。

探しているうちは、

「これが本当の私かな?」「いや、違うかも」と、余計に混乱していく。

もちろん、早い段階から自分と向き合って、

自分なりの軸を見つけていく人もいます。

でも、私はそういうタイプではありませんでした。

どうやって自分と向き合えばいいのかも分からず、

自分の内側を見つめる方法も知らなかった。

だから、

「本当の自分」を外に探しに行くことが多かった気がします。

人の言葉や考え方、そのとき惹かれた価値観を手がかりにしては、

「これかな?」「やっぱり違うかも」

を繰り返していました。

そんな自分探しの途中で、占星術に出会いました。

自分のホロスコープを、

答えではなく“自分と向き合うための道具”として使いながら、

少しずつ自分と向き合うようになり、

そこで初めて、ようやく「自分らしさ」を考えるための

足場のようなものができた気がします。

「自分らしく生きよう」

「自分軸で生きよう」

こうした言葉は、今ではすっかり当たり前になりました。

大切な考え方だと思う一方で、

これだけ曖昧なまま使われている言葉も、なかなかありません。

自分らしく、って結局なんだろう。

どこまでが自然体で、どこからが無理なんだろう。

そんなふうに考え始めると、余計に分からなくなることもあります。

そこで今回は、「自分らしさ」という言葉の意味を、

占星術の視点を使って、少しだけ整理してみることにしました。

占星術では、

「自分らしさ」を読み取るヒントが、いろいろな場所に散らばっています。

でも、大きく見ていくと、

自分らしさは、主に2つの方向から考えることができます。

自分らしさには、「2つの顔」がある

占星術視点だと、自分らしさは大きく2つの方向に分かれます。

・月: 誰にも見られていないときの、「部屋着の私」(素の反応)

・太陽: 背筋を伸ばして一歩踏み出す、「お出かけ着の私」(理想の姿)

この2つのバランスが崩れると、

私たちは「自分らしくしているはずなのに苦しい」という

迷宮に迷い込んでしまうのです。

1. 「月の私」=無意識の安心パターン

まず知っておきたいのが、日常でつい出てしまう「素の私」。

これは

「こうしよう」と頭で考えた自分ではなく、

ふと気が抜けた瞬間に現れる、心の「地肌」のような部分です。

・家に帰って、靴を脱いでホッとしたとき。

・気を使わなくていい相手と、ボーッとしているとき。

この「頑張らなくていい状態」を、私たちは「自分らしさ」だと感じがちです。

占星術ではこれを「月」と呼びます。

「月」は、

子供の頃から身についてきた「こうしていれば安心」という心のクセ。

だからこそ、家族などの親しい人だけが知っている自分でもあります。

*「自分らしさ」の落とし穴

よく聞く

「ありのままでいい」

「我慢しなくていい」という言葉。

これらは、疲れ切った「月」を休ませるための大切な救いです。

けれど、ここで一つ問題が起こります。

「部屋着の自分(月)」のまま社会に出ると、

現実がうまく回らなくなることがあるのです。

家ではダラダラしていてもいいけれど、

それをそのまま仕事場に持ち込めば、当然摩擦が生まれますよね。

「どこまでが自然体で、どこからが無理なのか」

その境界線が見えなくなると、

自分らしさは途端に苦しいものに変わってしまいます。

* 「月」が未熟なまま外に出てしまうとき

もう一つ、現代でよく見かけるのが、

自分らしさが「わがまま」にすり替わってしまうケースです。

・「嫌なことは全部避けていい」

・「今のワクワクがすべて」

こうした考え方は、時に

自分の中の「月」が、子供のまま暴走する状態を招きます。

「わかってほしい!」という欲求が先走り、

相手への想像力が働かなくなってしまうのです。

本人にとっては「ありのまま」のつもりでも、

周りからは「自己中心的」に見えてしまう。

その結果、思わぬ批判を受けて

「自分らしくしているのに、どうして?」と辛くなることも。

*「自分らしさ」とは、「月の取扱説明書」を知ること

では、本当の意味で「自分らしく生きる」とはどういうことでしょうか。 

それは、自分を甘やかすことでも、

無理に別の誰かになることでもありません。

大切なのは、

自分の「安心のクセ(月)」を正しく理解し、扱い方を知ること。 

つまり、「自分自身の徹底的なトリセツ」を持つことです。

「私は、どんなときに嫌な気持ちになるのか?」

 「何をされたら、心から嬉しいのか?」

 「どうすれば、私の心は凪の状態に戻れるのか?」

こうした問いを自分に投げかけ、一つひとつ輪郭をなぞっていく。

この「自分と向き合う」という地道な作業こそが、

自分の土台を強くしてくれます。

*ちゃんみなが語った「自分と向き合う」覚悟

話題になってるオーディション番組『No No Girls』で、

プロデューサーのちゃんみなさんが候補生に贈った言葉が、

まさにこの本質を突いていました。

圧倒的なカリスマ性と、周囲への深い思いやりを兼ね備えた彼女。

そんな彼女でさえ、

「何度もボロボロになりながら、自分と向き合ってきた」と語っています。

彼女は、自分の中にある見たくない部分や、

ドロドロした感情、弱さから目を逸らさず、

「自分は一体何者なのか」という問いを直視し続けてるそうです。

そうやって、向き合い続け、

誰よりも自分自身の深い理解者となったからこそ、

彼女はあんなにも自然体で、

揺るぎない「自分らしさ」を放っているのだと感じます。

*自分自身の最大の理解者になること

そのための「手がかり」として、

占星術の「月」はこれ以上ないヒントをくれます。

自分と向き合うといっても、

真っ白な紙を前に

「さあ、自分とは?」と考えるのは難しいものですよね。

そんな時、

自分のチャートにある「月のサイン(星座)」を、

自分を知るための補助ツールにすることができます。

・私はどんな場面で、反射的に「嫌だ!」と固まってしまうのか。 

・私の心が、理屈抜きで「あ、今緩んでる」と溶け出すのはどんな時か。

こうした感情の動き(月の質)を、

ネイタル月の資質を参考にしながら丁寧に紐解いていくことは、

自分でも気づかなかった「心の地肌」を、

客観的な言葉で認識していく作業です。

そうやって自分の輪郭がはっきりしてくると、

「私はこういう時に揺れやすく、こういう時に落ち着く仕組みなんだ」

という深い納得感が生まれます。

すると不思議なことに、

今まで自分を責めていたトゲトゲした気持ちが、少しずつ消えていくのです。

思えば、「自分らしくしているのに苦しい」と感じる時は、

自分の中の月がまだ少し「幼い」状態なのかもしれません。

月が幼いとは、

いわば心のへその緒が「外の世界」に繋がったままということ。

「認めてほしい」

「愛してほしい」

「私のわがままを受け入れてほしい」と、

自分の安心や機嫌のすべてを外からの供給に委ねてしまう。

だからこそ、期待した反応が返ってこないと、

途端に不安になり、ボロボロに傷ついてしまうのです。

一方で、月を成熟させるとは、

そのへその緒を自分自身に繋ぎ直す作業です。

それは、外側に求めていた「安心」という名の栄養を、

自分自身で自分に補給してあげること。

そうやって

誰よりも自分自身の深い理解者となり、

自分という人間の一番の味方になってあげることができます。

自分の取り扱い方がわかってくれば、

外の世界で何が起きても、

過剰に反応してボロボロになることはありません。

たとえ心が揺れても、

「大丈夫、今は月がこう反応しているだけ」と、

大人の自分が、幼い自分を抱きしめてあげられるようになるからです。

私たちはつい、外の世界に愛情や承認を求めてしまいがちです。

 誰かに愛されたい、認められたい。

その思いが強いほど、外からの反応に一喜一憂して、

心はすり減ってしまいます。

けれど、自分自身が一番の理解者となって、

月を成熟させていくことができれば、

そこには穏やかな「愛の循環」が生まれます。

たとえ外から思うような答えが返ってこなくても、

「私は私のことをちゃんと分かっているし、味方でいるよ」という

揺るぎない感覚があれば、

自分で自分を満たしてあげることができる。

外側に必死に探していた「安心」を、

自分の内側で自給自足できるようになるのです。

この「自分で自分を認められる」という土台こそが、

何ものにも代えがたい真の安定です。 

外からどんな風が吹いても、

根っこが自分の中にしっかり張っていれば、

もう倒れることはありません。

*占星術という補助線

とはいえ、自分の質を知ったからといって、

すぐに感情をコントロールできるわけではありません。

時には、月が示す「安心のクセ」が強く出すぎてしまい、

どうしても感情が暴走して苦しくなることもあります。

そんな時に、私がもう一つの知恵として使っているのが、

「月の180度反対側」にある星座の視点です。

これを、行き過ぎた感情をなだめるための「補助線」として使ってみるのです。

たとえば、月が「突っ走りすぎる」性質(牡羊座)で、

自分でも止められない勢いに疲れてしまったとき。

あえて反対側にある「周りを見渡し、間を取る」視点(天秤座)を、

ほんの少しだけ意識の端に置いてみる。

理に性格を変えるのではありません。

「自分を知る(月)」という土台の上に、足りない視点を「ちょっと補う」。

この補助線があるだけで、

月の反応に振り回されるだけだった日常は、

驚くほど静かに、そして楽に回り始めます。

2.「自分らしさ」を、ネイタル太陽で考える

月の私が、無理をしない「素の自分らしさ」だとしたら、

太陽が示しているのは、

これから目指していく「なりたい私」です。

人は誰しも、心のどこかで

「こんな風に生きたい」という理想の姿を思い描いています。 

はっきりと言葉にできなくても、

「あの人のような凛とした空気に憧れるな」

「こう在れたらいいな」というイメージ。

その、人生の目的地を指し示しているのが、

占星術でいう「ネイタル太陽」です。

太陽は、今の自分をそのまま表すというより、

「これが自分らしい生き方だ」と

胸を張れる方向へと向かっていく、「意志」の力。

だから太陽は、安心して戻る場所というよりも、

少し背伸びをしながら、前を向いて歩んでいく場所。 

すでに自然にできている自分ではなく、

「意識して育てていく自分」です。

たとえば、

「上品で優雅な私になりたい」という理想を持つ人が、

立ち居振る舞いや言葉遣いを意識して整えるとします。 

最初は少し不自然で、演技のように感じるかもしれません。

けれど「そういう自分で在ろう」と選び続けることで、

その姿は少しずつ本物の自分に馴染んでいきます。

それは決して「無理をしている」のではなく、

「理想の自分に近づこうとする尊い意志」。 

そうなろうとして選び続ける姿勢もまた、

立派な「自分らしさ」の大切な一部です。

*理想という光が、「評価」に変わるとき

ただし、この太陽の扱い方にも、ひとつだけ気をつけたいポイントがあります。 

それは、いつの間にか「理想に追い立てられてしまう」こと。

本来、太陽が示す「なりたい自分」は、

暗い夜道を照らす灯台のような、希望の光です。 

けれども、それがいつの間にか

自分を裁く「評価基準」にすり替わってしまうことがあります。

・こうでなければ価値がない

・理想に届いていない今の自分はダメだ

・もっと、もっと頑張らなければならない

太陽がこうして自分を追い詰めるプレッシャーに変わってしまうと、

私たちが求めていた「自分らしさ」は、

途端に苦しいものになってしまいます。

*月を置き去りにした太陽は、迷子になる

「なりたい自分(太陽)」だけが本当の自分だと思い込んでしまうと、

そこには大きなズレが生じます。

たとえば、

本当は疲れやすくて一人の時間が必要な「月の私」がいるのに、

「社交的でエネルギッシュな自分こそが理想だから」と

予定を詰め込んでしまう。 

本人は理想に向かって頑張っているつもりでも、

心の内側ではずっと「しんどい、助けて」という違和感が消えません。

これが、「自分らしく生きているはずなのに、なぜか苦しい」の正体です。

これは理想(太陽)が間違っているのではなく、

今の自分の感覚(月)を置き去りにしたまま、

自分らしさを決めようとしているから起こる現象。

自分らしさとは、「なりたい私」だけで決まるものではありません。

 「今の私が、どこまでなら無理がなく、どこからが苦しいのか」という

月の感覚と、

目指している太陽の方向がカチッと噛み合ったとき、はじめて

「これは自分らしい」という深い納得感が生まれるのです。

太陽は、月という安心できる居場所があってこそ、

健やかに輝くことができます。

「なりたい自分」に向かって背伸びをすることと、

「今の自分」を心から安心させてあげること。

どちらか一方に偏るのではなく、

その両方を呼吸するように行き来できること。

太陽は、月の安定した土台の上でこそ、

あなただけの「自分らしさ」として光り輝くのです。

“なりたかった私”と“安心できる私”のズレ

実は、私自身が思い描いていた「自分らしさ」も、

年齢とともに大きく変化してきました。

若い頃の私は、

「明るくて活発、強気でユーモアもある正義の味方」のような自分こそが、

自分らしい姿だと思い込んでいました。 

今振り返れば、これはまさに私の太陽(射手座)が示す理想の姿でした。

「こう在りたい」と願う、眩しい目的地のような自分です。

私はその理想をそのまま「自分らしさ」だと信じ、そう振る舞ってました。

けれど、実際の私はといえば、

人の目が気になり、優柔不断で、

いつも相手に合わせてばかり。 

誰にでもいい顔をして、気を配り、

場を回すことに必死で、

社交のあとにはいつもぐったりと疲れ果てていました。

これは、私の月(天秤座)が持つ素の反応でした。 

無意識のうちに周囲との調和を優先し、空気を読みすぎてしまう。

私の「心の地肌」は、理想の姿とは裏腹に、

とても繊細で、気遣いによる消耗を繰り返していたのです。

頭で描く「理想の私(太陽)」と、勝手に反応してしまう「素の私(月)」。 

この二つが、ずっとバラバラに叫んでいるような状態でした。

*月が鳴らした「限界」のサイン

それでも最初は、

「もっと頑張らなきゃ」

「自分が未熟だからできないんだ」と、

理想の力で無理やり自分を押し切ろうとしました。

けれど、無理を重ねるほど心は静かにすり減っていきます。 

やがて、あんなに平気だった人と会うことが億劫になり、

「いい人」でいようとする自分に、

理由のない苛立ちを感じるようになりました。

これは「怠け」でも「反抗」でもなく、

自分の中の月が、

「この生き方、もう限界だよ」と必死に報せてくれたサインだったのです。

そこでようやく、私は立ち止まることができました。

 「私が思っていた自分らしさは、どこか無理があったのかもしれない」と。

そこから始まったのは、

自分を壊すことではなく、「再調整」でした。 

“なりたかった私”の声を一度横に置いて、

占星術の手を借りながら、“安心できる私”の声に耳を澄ませる作業。

私は、太陽の理想を追いかけるあまり、

土台であるはずの「月の私」を置き去りにしていたのだと気づきました。

*役割を手放したあとに、残ったもの

天秤座の月は、もともと優れた調和の力を持っています。 

でも、当時の私はその力を「自分を安心させるため」ではなく、

「誰かに合わせるため」だけに使い切っていました。

自分を落ち着かせる前に、人に合わせる。 

休む前に、周りに気を配る。 

土台がグラグラのままで「理想の太陽」になろうとしていたのです。

自分と向き合う中で、私は少しずつ自分を許していきました。

・その場の空気を、すべて自分が引き受けなくてもいい。

・常に愛想よくしなくてもいい。

・すべての関係を、同じ熱量で保とうとしなくていい。

それは、新しい自分を手に入れる作業というより、

無意識に背負い込んでいた「役割」を一つずつ降ろしていく作業でした。

「場を回さなきゃ」「いい人でいなきゃ」という

重たい荷物を手放していくと、

不思議なことに、何かを失った感覚は全くありませんでした。

代わりにあったのは、体と心が驚くほど軽くなっていく感覚。

私にとっての「自分らしさ」とは、何かを足して完成させるものではなく、

無理を重ねていた部分をそっと手放したあとに、

自然とそこに残っていたものだったのです。

もちろん、そうは言っても、

今の私が毎日完璧に心が安定しているわけではありません。

今でも、ちょっとしたことで感情は揺れ動くし、落ち込む夜もあります。

モヤモヤしたり、誰かの反応にビクッとしたりすることだって、まだまだあります。

それは感情を持っている人間だから、当然のこと。

とはいえ、以前の私と決定的に違うのは、

「自分で自分を立て直す方法」を知っていることです。

感情の波に飲み込まれそうになっても

「あ、今は月がこう反応しているんだな」

「少し太陽の理想を押し付けすぎたかな」と、

自分を客観的に眺めることができる。

そうして「自分のトリセツ」を使いながら、

自分で自分の味方になってあげられる。

そうやって自分を立て直せるようになったことで、

今の私は、以前よりずっと気楽に「自分」というキャラクターで

過ごせるようになりました。

たとえ人からどう思われようと、「まあ、私はこういう人間ですから」と、

自分の凹凸をまるごと認められるようになった。

そのキャラクターを面白いと思ってくれる人もいれば、

苦手だと感じる人もいるかもしれません。

でも、それでいい。

全員に好かれる必要なんてなくて、

それが自然なことだと思えるようになりました。

自分を誰よりも自分自身が尊重し、その味方でいる。

そう思えるようになったことで、心に余裕が生まれ、

何かに追い立てられるような感覚が消えていきました。

私にとっての「自分らしさ」とは、

特別な誰かになることではなく、

自分を一番の理解者として受け入れることで得られる、

静かな安心感のことだったのです。

だからもし今、

あなたが「自分らしくしているはずなのに苦しい」という

違和感を感じているのなら。

それは「もっと頑張れ」という叱咤ではありません。

「もう、少し軽くなってもいいんだよ」

「まず、自分を安心させてあげて」

という、あなたの中の月からの、切実で優しい合図なのだと思います。

まとめ|「自分らしさ」とは?

「自分らしく」という言葉に迷ったときは、

占星術が教えてくれるこの2つの視点を思い出してみてください。

・月:安心できる自分 

無理をしなくても自然に出てしまう「素の私」。生きていくための土台であり、自分で自分を養うための「安心の栄養」です。

・太陽:なりたい自分

 「こう在りたい」と願い、意志を持って目指していく「理想の私」。人生を前へ進めていくための「希望の光」です。

「自分らしくしているのに苦しい」と感じるとき、そこには2つの原因が隠れています。

1.月(素の自分)が幼いまま外に出ている 

自分の安心を外側に依存していると、感情が剥き出しになり、周囲との摩擦が起きやすくなります。

2.太陽(理想の自分)だけで生きようとしている 

土台となる「安心」を置き去りにしたまま理想を追いかけると、自分を追い詰めて苦しくなってしまいます。

*本当の「自分らしさ」とは、

「素の自分(月)」を誰よりも理解し味方になった上で、「目指す自分(太陽)」へと手を伸ばしていくこと。

この2つが重なり合い、心地よいバランスで見つかったとき、私たちは無理なく、自分だけの光を放ち始めるのだと思います。

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yura
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