「今を生きる」を占星術で考察する
私たちは、どんな「今」を生きているのか
「今を生きよう」
この言葉を、よく耳にします。
過去を悔やまず、未来を心配しすぎず、目の前の瞬間に集中すること。
確かにそれは、私たちを救ってくれる考え方だと思います。
なので、私もこの考え方には大いに賛同していますし、
「よし、今を生きよう」と意識することもあります。
でも「今を生きるぞー」なんて思っていても、
気づけばまた先のことや過去のことを考えていたり、
ボケーっとして時間を消費していたり。
「結局、今を生きるってどういうことなんだろう?」と、わからなくなってしまう。
そんな中、年末年始を家族と過ごす時間がありました。
姉は性格的に、朝から晩まで予定を詰め込み、1日を忙しく走り抜けるタイプ。
一方で、妹の私はというと、どちらかというと、のんびりマイペースに、
1日を漂うように過ごすタイプ。
その年末年始は、姉のペースに合わせて、数日間で色んな場所に行き、色んな体験をしました。
すると不思議なことに、数日前の出来事をゆっくり思い出して味わう時間もないまま、体験が次々と流れていき、気づけば少しずつ忘れていく感覚があったのです。
よく、忙しい芸能人が「数ヶ月前のことをあまり覚えていない」と話しているのを聞くことがありますが、あれも、同じ原理なのかもしれません。
忙しくしている人ほど、過去を振り返る暇もなく、次から次へと新しい体験が舞い込んでくる。
すると体験は、記憶としてじっくり残る前に、そのまま“消費”されていく。
姉も、過去のことをあまり覚えていないのですが、
それもきっと、この流れの中で日々を過ごしているからなのだと思います。
過去を振り返る間もないくらい、ただ、今を走り抜けている。
「今を生きる、という言葉が指しているのは、
こういう時間の過ごし方なのだろうか」
そんな問いが、この年末年始の体験から、自然と浮かんできたのです。
「今」には、いくつかの種類がある
私たちは日常の中で、無意識に、さまざまな質の「今」を行き来しています。
ここでは、占星術的なカテゴリーに当てはめた「今」を、大きく4つに分けてみます。
占星術で使われる「火・地・風・水」という4つのエレメントは、
エネルギーの質そのものを表す概念です。
つまり、今、エネルギーが
・「動く衝動」として働いているのか
・感覚や五感を通して、世界を受け取っているのか
・思考や言葉として、理解しようとしているのか
・それとも、境界をゆるめ、溶けるように広がっているのか
そうした「今の過ごし方の質」を見るための枠組みでもあります。
ここで紹介する4つの「今」は、どれが正しくて、どれが間違い、という話ではありません。
その時々で、私たちは必要に応じて、自然にこれらの「今」を行き来しています。
ただ、
今、自分はどの「今」にいるのか。
それに気づけるようになると、「今を生きる」という言葉が、少しだけ現実に寄り添ったものになります。
では、ひとつずつ見ていきましょう。
① 火のエレメント|動いている今
― 行動として現れている「今」―
エネルギーが、考えるよりも先に、外へ外へと向かっているとき。
それが「動いている今」です。
何かを始める、進める、こなす、挑戦する。
予定を入れ、体を動かし、現実に働きかけている時間。
この「今」は、物事を前に進める力を持っています。
そして同時に、走り続けると、自分の状態が見えにくくなることもあります。
② 地のエレメント|感じている今
― 五感で味わっている「今」―
エネルギーが、行動でも思考でもなく、感覚として世界を受け取っているとき。
それが「感じている今」です。
食べ物のおいしさを感じる。
音楽が心地よく響く。
風の冷たさや、床の感触を味わう。
「感じている今」は、感情というより、身体感覚の今。
「ここにいる」という実感を、体を通して取り戻す時間です。
③ 風のエレメント|考えている今
― 言葉で捉え直している「今」―
エネルギーが、出来事や体験を、思考や言葉に変換しようとしているとき。
それが「考えている今」です。
これはどういう意味だったんだろう。
自分は今、どんな状態なんだろう。
振り返り、整理し、理解し直す。スマホで情報を漁っている。
「考えている今」は、体験を流さず、自分の中に位置づけるための時間です。
④ 水のエレメント|溶けている今
― 境界をゆるめている「今」―
エネルギーが、はっきりと行動にも、感覚にも、思考にも向かわず、いったん力を抜いている状態。
それが「溶けている今」です。
ぼーっとする。
ゴロゴロする。
リラックスする。お酒を飲む。
「溶けている今」は、何もしていないように見えて、
実は、張りつめた境界をゆるめ、回復のためにエネルギーを拡散している時間でもあります。
マインドフルネスで語られる「今」について
とはいえ、マインドフルネス的にいうのなら
「今を生きる、というのは呼吸に意識を向けたり、身体感覚に戻ることなのでは?」
と思ったりもしますよね。
実際、マインドフルネスや瞑想の文脈で使われる
「今に戻る」「今を生きる」という言葉は、
過去や未来へ飛んでしまった意識を、
呼吸や身体感覚に戻すことで、
「今ここ」に立ち返ることを指しています。
占星術的に見ると、
このアプローチはとても 地のエレメント的 。
・呼吸の感触
・足の裏の感覚
・体の重さや温度
・今いる場所の手触り
そうした五感や身体を通して、
現実にしっかりと「着地する」方法。
思考が止まらないとき、
感情が揺れすぎているとき、
この「地(エレメント)」の「今」に戻る実践は、
私たちをとても助けてくれます。
ただ、ここでひとつ大切なことがあります。
それは、
「地のエレメントの今に戻れない時間」もまた、私たちが生きている『今』であるということ。
考え続けている今も、
動き回っている今も、
溶けるように過ぎていく今も、
すべて現在進行形の体験です。
自分は、どんな「今」を生きやすいだろう?
ここまで読んで、
「自分はどの“今”が多いんだろう?」
と考えてしまいますよね。
占星術に少し親しみのある方は、
自分の出生図(ネイタルチャート)に含まれる天体のエレメント配分を眺めてみると、ひとつのヒントが見えてきます。
これは性格診断ではなく、
どんな質の「今」に、無意識に入りやすいかを知るための目安です。
さらに、
アセンダント(ASC)のサインが持つエレメントも、
とても大切な手がかりになります。
アセンダントは、
・外の世界に出るときの立ち位置
・現実が始まるときの姿勢
・「とりあえず今、どう在るか」の入口
を表すポイントだからです。
どう読めばいい?
基本的には、次のように読むのがおすすめです。
・天体のエレメント配分
→ くり返し戻りやすい「今」の質
・アセンダントのエレメント
→ 日常で最初に立ち上がりやすい「今」の質
たとえば、
・天体に火が多く、ASCが水の場合
→ 動いている今に入りやすいが、
現実ではまず「溶けている今」から始まりやすい
・天体に風が多く、ASCが地の場合
→ 考える今が得意だが、
現実では感覚や身体から今に入る
このように、
ひとつだけを読む必要はありません。
「火も読む」「水も読む」といった形で、
複数の「今」を重ねて読むことで、
自分の時間感覚が、より立体的に見えてきます。
エレメント別|入りやすい「今」の傾向
・火が多い人/ASCが火の人
(牡羊座・獅子座・射手座)
動いている今に入りやすい。
行動が自然で、前に進む力が強い。
気づくと、走り続けていることも。
・地が多い人/ASCが地の人
(牡牛座・乙女座・山羊座)
感じている今に入りやすい。
五感や手触りを通して、現実に戻りやすい。
変化を起こす前に、様子を見ることも多い。
・風が多い人/ASCが風の人
(双子座・天秤座・水瓶座)
考えている今に入りやすい。
言葉や意味を通して、今を理解する。
体や感覚が後回しになることも。
・水が多い人/ASCが水の人
(蟹座・蠍座・魚座)
溶けている今に入りやすい。
境界をゆるめ、流れに身を委ねる。
時間の輪郭が曖昧になりやすいことも。
ちなみに私の場合は、
アセンダントが蠍座(水のサイン)ということもあり、
「溶けている今」から入りやすく
また、火のサインと風のサインが同じくらいあるため、
「動いている今」と
「考えている今」の流れにも、自然と入りやすいと。
確かに、
気づくと、ぼーっとしている時間は多いのですが、
もしかすると、
火の「動く今」と、
風の「考える今」を行き来するために、
その合間で、
脳や身体を休ませている時間なのかもしれません。
配分は「傾向」であって、答えではない
ここで大切なのは、
- 天体が多いから、その「今」しか生きられない
- ASCがこれだから、こうあるべき
という話ではない、ということです。
ただ、
・自分は、どんな「今」から始まりやすいのか
・どんな「今」に戻りやすいのか
それを知っているだけで、
時間の中に、少し余白が生まれます。
どれか一つに偏りすぎると、「今」はどう歪むのか
大切なのは、これらの「今」をバランスよく使うことではありません。
人は、その時々の状況や体力、心の状態によって、自然と、どれかの「今」に長く滞在します。
ただ、同じ「今」に偏りすぎると、
時間の感覚や、生きている実感が歪みはじめることがあります。
それぞれの「今」が行き過ぎたとき、どんな状態になりやすいのかを見てみましょう。
火の「今」に偏りすぎると
― 走り続けて、立ち止まれなくなる ―
・常に忙しい
・予定で一日が埋まっている
・何かしていないと落ち着かない
一見、充実しているように見えても、振り返る時間がなく、
体験が記憶や意味として残りにくくなることも。
「今を生きている」というより、今を処理し続けている感覚に近づいていきます。
地の「今」に偏りすぎると
― 心地よさから、動けなくなる ―
・心地よさを優先しすぎる
・不快なことを避ける
・変化を起こすのが億劫になる
五感は満たされているのに、なぜか停滞感がある。
「今ここ」は感じているけれど、次の一歩が生まれにくい今です。
風の「今」に偏りすぎると
― 考えているのに、進めなくなる ―
・ずっと頭の中で整理している
・分析や言語化が止まらない
・行動や感覚から離れていく ・スマホをダラダラみてしまう
理解は深まっているのに、体が置き去りになり、
「分かったまま、動けない今」になることもあります。
水の「今」に偏りすぎると
― すべてが曖昧になっていく ―
・何をしたいのか分からない
・時間がただ流れていく
・自分の輪郭がぼやける
これは怠けではなく、回復が必要なサインでもありますが、長期化すると、
「今を生きている感じがしない」という状態につながりやすくなります。
「偏り」は悪いことではない
ここで大切なのは、偏ること自体が問題なのではない、ということです。
・忙しい時期は、「火の今」が多くなる
・疲れている時期は、「水の今」が増える
・何かを理解したい時期は、「風の今」が長くなる
それは、とても自然なこと。
問題になるのは、
自分がどの「今」に偏っているかに、気づかないまま続いてしまうことです。
「今」を整える第一歩は、気づくこと
「今を生きる」とは、理想的な時間を過ごすことではなく
今、
・動きすぎていないか
・感覚に閉じこもっていないか
・考えすぎていないか
・溶けたままになっていないか
そうやって、今の質に気づくこと。
それだけで、時間の感触は、少しずつ変わり始めます。
今の質に気づくと、時間を「どう使うか」よりも、
「今、どんな時間を生きているか」が分かるようになります。
すると、時間は焦らせるものではなく、
触れられるもの、味わえるものに変わっていきます。
「今を生きる」という言葉を、少しだけ現実に戻す
「今を生きる」という言葉は、もともとは、
過去の後悔にとらわれすぎず、
まだ起きてもいない未来を心配しすぎず、
目の前の時間を大切にしよう
という意味で使われてきた言葉だと思います。
確かに、過去や未来に意識が引っ張られすぎると、
今という時間は、簡単に置き去りになってしまいます。
だからこそ、「今を生きよう」という言葉が、
多くの人の支えになってきました。
ただ、今を生きることを
「今を充実させなければならないこと」と受け取ってしまうと、
少し息苦しくなることもあります。
いつも楽しく、いつも意味のある時間を過ごしていないと、
今を生きていないような気がしてしまう。
でも、今という時間は、そんなに一様なものではありません。
動いている今もあれば、感じている今もあり、
考えている今も、溶けるように過ぎていく今もある。
今という時間が、どんな質を帯びているのか。
それに気づき、名前を与えてみること。
それだけでも、「今を生きる」という言葉に、
少し現実味が戻ってくるように感じています。
最後に
「今日の私は、
どんな質の「今」を、いちばん長く生きていただろう?」
特別なことをしなくても、
「今日の私は、どんな『今』が多かったかな」くらいに、思い返してみるだけでも、時間の見え方が、少し変わるかもしれません。
もし余裕があれば、
占星術オタクにしか分からない暗号みたいに、
火の今/地の今/風の今/水の今
とだけ、スケジュール帳の端っこに小さく書いてみるのも、
ちょっと楽しいかもしれません。
ちなみに、私の今日は、「水と風の今」が多い一日でした。
そうして眺めていると、「今日は、地の今が少なかったな」
ということにも、自然と気づきます。
すると、
食べているものを、もう少し味わってみようかな とか、
少しだけ、足の感覚を感じてみようかな とか、改めて思うこともできる。
色んな「今」があるけれど、占星術の知識を借りて、
大きく分類するとしたら、4つ。
そう考えると、
今という時間は、ぐっとシンプルになります。
その中で、
「今の自分」がどこにいるのかに気づき、
必要なら、少しだけ視点を移してみる。
私にとっての「今を生きる」とは、
そうやって、
今という時間と、
シンプルに向き合っていくことなのかもしれません。
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